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夏白菊
2009-06-27 Sat 08:58
 偏頭痛の民間薬にハーブのフィーバーフューというのがあります。欧米の偏頭痛持ちは昔からこのハーブ薬にお世話になってきたといいます。
 私も試したことがありますが、やはり程度によるのでしょうか、私には効きませんでした。軽度の偏頭痛の方には効き方が穏やかで副作用もないのでいいかもしれません。



 このフィーバーフューは日本では「夏白菊」と呼ばれています。この頃咲いている白い菊がそれです。ずっと「ナツシラギク」と読むのかと思っていましたが、本当は「ナツシロギク」という愛想のない呼び方だそうです。

 だからでしょうか、俳句の季語にはなっていません。でもここ大阪の空き地でも、梅雨の晴れ間に輝く白さを見せてくれる菊を見つけ、これは歌になると思いました。

  梅雨晴れや夏白菊(なつしらぎく)に秋思ふ   (歩々)

 季節は梅雨か、夏か、秋か分からないへんてこな句ができました。白菊は秋の季語なのです。東京に戻ったら、ゆっくり夏白菊だけで夏の句を詠んでみたいと思います。

 さあ、帰ろう!
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菊芋の花が咲いた
2006-11-11 Sat 06:20

菊芋の花

春に種芋を植えた。30-50センチ間隔で植えておけば大丈夫だろう、と安易に考えた。

菊芋という名前だけに、1メートルくらいでかわいい菊の花のようなのが秋に咲くのだろう、と思ってた。

ところが、どっこい!!!

2メートル50センチはかるく超えた、菊芋は・・・

茎が細いのに何でこんなに背丈だけ大きくなるの。夏場には、花の咲かないひまわり状態だった。

30-50センチ間隔では、間隔が狭すぎた。

やってみなければ分からないもんだねえ。

菊芋とは・・・

「菊芋とはイモを食用とするキク科の植物です。デンプンを主体とするイモ類とは異なります。 原産地は北アメリカ北部。学名は『Herianthus tubeross』です。 信州伊那谷では秋になると太陽をいっぱいに浴びて黄色い花を咲かせている菊芋があちらこちらで見かけられます。 わが国には、明治初期にアメリカから飼料用作物として導入されました。第二次世界大戦後の食糧難の時代には作付け統制野菜になり、配給され代用食とされました 。またその頃には家庭でも多く栽培されました。 」

日本糖尿食研株式会社のHPより)

菊芋には、イヌリンという多糖類が含まれている。

1.イヌリンは、菊芋に含まれているイヌラーゼという酵素によって分解されて、フルクトオリゴ糖になります。

2.イヌリンは、腸内ではビフィズス菌などの善玉菌の餌です。

3.善玉菌が増え、悪玉菌が減ります。

4.腸を綺麗にし、消化吸収を良くします。

5.血液が綺麗になり、全身の細胞が元気になります。

6.イヌリンは、脂肪を包み込んで脂肪の吸収を妨げます。

キクイモ研究会のHPより)

はっきり書いてないけど、要は血糖値が劇的に下がるのだそうだ。

わたしは血糖値が高くないので、不要だが、食材としてもおいしいので栽培した。

また、二日酔いのときにこれがいいんだなあ。コレステロールに効けば言うことなしなんだけどね。

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大正八年スペイン風邪
2006-11-04 Sat 09:57


昭和27年に発刊された「東京災害史」(畑市次郎著)という貴書が手元にある。この書物をもとに「伝染病」の流行について記してみたい。

まず、伝染病が災害なのかという疑問があるだろう。国の災害対策基本法では、災害を「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火その他の異常な自然現象または、大規模は火事、爆発、放射性物質の大量放出、多数の者の避難を伴う船舶に沈没等の原因により生ずる被害」と定義している。従って、伝染病の流行は災害対策基本法でいう「災害」ではない。にもかかわらず、江戸時代から赤痢などの疫病、麻疹、痘瘡、風邪、コレラ、ペストなどの打流行が72回も発生し、そのたびに多くの人が命を落としているのをみると災害と呼んでもおかしくない。なかでも、その3分の1が風邪であり、これは21世紀の現代でもまだ治しようのない「災害」といってもよいだろう。

1918年(大正7年)頃、スペインに始まった世界的なインフルエンザの大流行がわが国にも上陸し、その後3年間にわたり、感染者2千5百万人、死者38万人を出した。いわゆる「スペイン風邪」である。東京市では大正7年から8年にかけていったん治まったかに見えたが、大正8年に再び大流行し、死者約7500人を出した。翌年も大流行し、5千人を超える死者が発生したという。

東京災害史によると、『東京市民は連日生きた気がない程で、死者夥しく、・・・東京市中一時は焼場が混み合って大騒ぎをする』ほどであったという。このため東京府、警視庁は共同で次のような告諭を発し、東京市民に予防を呼びかけた。これは現在でもそのまま通用する。

1.室内は清潔に努め常に日光の射入並に空気の転換を図ること

2.身体衣服を清潔にし且つ被服寝具等は時々日光に曝すこと

3.衆人の集合する場所には成る可く立ち入らざること、もしやむを得ざる場合または電車汽車等の内にては呼吸保護器を使用し又は布片を以て鼻口を被うこと

4.外出先より帰宅し足るときは時々温水又は食塩水にてうがいをなすこと

5.患者又はその疑いある者に成る可く接近せざること

6.頭痛発熱等身体に異常を認めたる時は速に医師の治病を受けること

7.患者は成る可く別室に隔離し看護人の外は出入りせざること

8.患者の鼻汁喀痰及之に汚染したる物件並に患者の居室等は医師の指示を受け相当消毒すること

9.患者用の被服寝具器具類は之を区別し、食器は使用の都度煮沸し若くは之に熱湯を注ぐこと

10.医師に就き予防液の注射を受けること

SARSの感染に対し、香港では予防接種を行った。わが国でも厚生労働省が翌年のSARS予防対策を行った。鳥インフルエンザしかりである。災害の歴史を見ていると、スペイン風邪が終息した3年後に関東大震災が起きたという社会混乱の継続性が見えてしまう。

【引用文献】東京災害史(畑市次郎著、都政通信社発行、1952年)

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