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夭折:俳句と情
2010-08-25 Wed 09:49
 私は夭逝とか夭折とかいう言葉が嫌いです。「夭」というのはなよなよして細い様を表す漢字で、そこから子どもを差すようになったといいますが、どうも不吉な印象を受けます。もともと男性を差していたようですが、それが女性になるとその不吉さはが際立ちます。妖怪の「妖」なのです。

 また、夭折とか夭逝というのは、才能のある若者がこころざし半ばにして逝くときに特に使われている気がします。ことさらこんな言い方で差別してほしくないと思います。余計なお世話ですが。。。

 それはさておき、この「夭折」をテーマとした俳句群があります。俳人の中には、俳句は瞬間的な写生をするもので、人の情を写し取るものではない、それをしたければ短歌をしなさい、という人がいますが、短い詩であるからこそそこに込められた情の深さと広がりへの想像が可能になるとわたしは思います。
 
 俳句でもこれだけ悲痛な思いを表現できるのですね。一句一句、その情景が浮かび上がってきます。

いのち迫る子にちかぢかと蝉鳴けり  瀧春一

鳴き澄める蝉よ吾が子の覚めるなき  瀧春一

日焼けせしままのむくろの憐れなる  瀧春一

紫陽花や冷えゆく吾子の髪撫づる   石川桂郎

よその子の歩める霧に立ち止まる   石川桂郎

吾子が香の湯の香かすめぬ秋風裡   石川桂郎

つひに冷え冷えかたまりし吾子の顔   川島彷徨子

抱きをるや吾子ぬくもりてくるごとし 川島彷徨子

吾子危篤夏蜜柑すでに町になし     川島彷徨子

涼風にまなことぢぬもあはれなり   川島彷徨子

雨冷えて吾子を寝棺にうつしがたし   川島彷徨子

逝く吾子に万葉の露みなはしれ    能村登四郎

供華の中に子が育くみし朝顔も    能村登四郎

露ふふむ柔らかな髪ととも別るるか  能村登四郎

夏風やこときれし児に枕蚊帳     飯田蛇笏

美しき布団息あるごとくなり     五十嵐播水

死児のそば団扇を置きし音聞こゆ   萩原麦草

鰯雲死児に重みのありしこと     飯田龍太

悴みてどこかに居ずやどこにも居ず  八木隆史

吾児の墓産湯使はす如洗ふ      鹿島あけみ

芒買ふお月さまにも亡き子にも    林原耒井

西瓜割る亡き子いつでも駈けてをり  加藤楸邨

長子次子稚くて(わかくて)逝けり浮いて来い 能村登四郎

亡き吾子の飾るすべなき雛かな    高木晴子

※太字は私もこんな句が詠みたかったという実感のあるものです。

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