スポンサーサイト
-------- -- --:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告 |
「納棺夫日記」を読んで
2008-10-30 Thu 22:53
納棺夫日記 (文春文庫)納棺夫日記 (文春文庫)
(1996/07)
青木 新門

商品詳細を見る

 映画「おくりびと」のもとになったという青木新門さんの「納棺夫日記」がようやく文春文庫から増刷販売されました。映画はまだ見ていませんが、原作とも言えるものを先に読むのが私のやり方です。
 青木さんはもともとは詩人だったそうですが、作家の吉村昭(故人)に見いだされて、小説を書くようになったらしい。だからでしょうか、文章がとても詩的なのです。

 この日記は富山県で「納棺夫」として仕事をしているときの事をかいたものですが、人との生と死を見つめた優れた人生論にもなっています。
生死一如

 このことを詩人らしく、雨でもない、雪でもない「みぞれ」にたとえています。生も死も分ける必要はなく、一体のものだととらえています。

 詩人だからでしょうか、随所に詩、短歌などがちりばめられていて、この本の精神性はとても近しく感じます。

 後半部分には、新たにかきおろした「『納棺夫日記』を著して」という一文が追加され、そこに正岡子規が亡くなる前に書き記した言葉が載っています。
悟りといふ事はいかなる場合にも平気で死ぬる事であると思つて居たのは間違ひで、悟りといふ事はいかなる場合でも平気で生きて居る事であった。

 そう、辛くても生きている事、これが悟るといことなのですね。私も漠然と感じていた事です。

 とても不思議な本に出会った気が強く、深くします。映画を見るのが楽しみになりました。
別窓 | 書籍紹介 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<【11】スヌーピーと遊ぶ | 月讀 | 吉村昭>>
この記事のコメント
コメントの投稿
 

管理者だけに閲覧
 

この記事のトラックバック
トラックバックURL

FC2ブログユーザー専用トラックバックURLはこちら


| 月讀 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。